アスペルガー症候群者が「人の気持ちがわからない」と言われること
アスペルガー症候群・高機能自閉症ではしばしば定型発達者に「人の気持ちがわからない」と言われる。
言われた側の自閉症者それを見聞きして、瞬間的に「ふざけんな…以下略(こっちに書いておく)と頭の中に反論が駆けめぐるのだが、ふと我に返るとハタと考える。「私って人の気持ちがわからないんだろうか」
さて、アスペルガー症候群者・高機能自閉症者が会話していて相手が怒っているのか、不快なのか、それともその逆なのか…果たして感じ取れるのかといったら実のところかなり怪しい。
私にしても、瞬間的には理解できない。「こうだからこうなんだろう」と思考を差し挟んで推測しているだけである。要は他人がどう感じているかについて、即座に理解する回路がないのだ。実は同様に自分の感情に関しても、理解スピードはかなり遅いのである。
前段で、「怪しい」と書いたが、それはどういうことかというと、
高機能の自閉者が「きみ…この報告書、これじゃ困るんだよね」と言われたら…
「はあ」(どこが困るのか早く言ってほしいなあと考えていたりする)と間抜けな対応してしまい、相手の怒りを増強させてしまう。
定型発達者的な正解は「行き届かず申し訳ありません、どこが問題なのかお教え願えませんでしょうか」である。
もう一例挙げる。「英語の宿題、多くていやになっちゃうよね」と級友に言われたとき
「え、そんなに多くないよ」と自分の感覚だけでものを言ってしまう。これで「いけすかない」という評価をいただくことになる。
定型発達者的正解は「そうねえ、でも、やり始めればけっこう早く済みそうよ(済んだわよ)」である。
つまるところ定型発達者が「人の気持ちがわかっている」と解釈する状態は、本質的に人の気持ちが判るということではないようである。
3人以上の場合、場の雰囲気(とやら)を察して集団の意向がある程度同じ方向にいくように言動を合わせるとか、2人の場合、相手 が無意味に不快にならないような言動をするとか、そういった言動そのものをもってして「気持ちがわかる」状態と呼ぶようである。
関わり合いの「次のステップ」が定型発達者の神経を逆撫でしない状態のことなのであろう。 「気持ちイコール意図」ではないし、また、「気持ちイコールそのときの心理状態」でもないようである。
それを誤解してしまうと対人的に失敗したくなくて何事も「主張できない」状態に陥ってしまったり「言いなり」になってしまいやすかったり、逆に「主張するな」と言われているようで腹が立って攻撃的になったりしてしまうのだろうと思う。
何にせよ、こうやってマニュアル作って対処するしかないのだから
アスペルガー症候群者にとって対人関係はとかく難しい…。
アスペルガー症候群者や高機能自閉症者に対する批判で
「あれだけ正確に人の心を見抜くのに…!!」というのがある。
省略抜きに書くと「あれだけ正確に人の心理状態を見抜くのに、目の前の人の気持ちは無視するとはけしからん」というものである。
実は、ある程度歳のいったアスペルガー症候群者・高機能自閉症者は何かと人間関係に悩んでいるケースが多いことと、比較的感情抜きで冷静に分析しているのでこと「ある事象に関してある人間がどういう心理状態にあるか」についてはけっこう的を得た結論をだすケースが多いのである。
目の前の人に対する「感情対応」という「人のこころがわかる」行動ができるかと、「ある事象にまつわる心理分析」ができるかという「人の心」の理解とはこれは全く別の次元のことであると思うのだが、定型発達者にはこのあたりは理解して頂けないことが多いようである。
さんざ「人の気持ち」がわかりにくいと書いてきたが、じゃ、それって自閉者に「気持ち」がないかという問題とは全くの別問題である。自閉者にも感情はあるし「気持ち」もしっかりあるのである。なぜ「気持ちがあるように見えにくいかと言うことはまた別の機会に書いてみたいと思うが、とりあえず「ある」のである。それは以下を読んで頂ければわかるのではないだろうか。
冒頭で(以下略)とした部分の解説
「人の気持ちがわからない」と言われる。
そういわれてアスペルガーな脳みその中をよぎるのは、こんなことだろう。
ふざけるなぁ、そんなこと言われてどんなに悲しいか、あんた判っているのか?
そういうこというあんたの方が「私の気持ちをわかっていない」じゃないか!!
だいたい人の気持ちがわからないだなんて、失礼な。
ひとを冷血漢みたいに言って何が楽しいんだ!!
言われてグサッとくるのが判らないのか
そんなに人の気持ち気持ちって言うんなら、まずはお前の方が態度をあらためろ!